こんにちは、鉄道員カリブです。
普段みなさんが使っている鉄道で、人身事故のために電車が遅れたことってありますか?
「鉄道人身事故データベース」によると、2019年度に発生した人身事故は1,022件あります。
2010年の1,363件と比べると、その件数は減少傾向にあるとはいえ、毎日2~3件の人身事故が日本のどこかで発生しているわけですね。
カリブのように鉄道会社で駅員として長年働いていると、人身事故の現場に派遣されることがしばしばあります。
そこで本日は、鉄道人身事故の現場ではいったい何が起こっているのか?を解説していきたいと思います。
- 事故発生から運転再開までの流れ
- 何に一番時間がかかるのか?
- 駅員(現地係員)の負担がすごく大きい!
これらが中心の話になります。
あくまでもカリブ目線での解説となるので、全ての事故現場で同じ流れになっているわけではないことをご了承ください!
事故発生から救護活動まで
走行中の列車とお客様がブレーキするも接触し、停止してからの時系列は以下の通りです。
- 乗務員はただちに防護無線(付近の列車を緊急停車させる信号)を送信する
- 運転士は接触時の詳細を指令に対して無線で報告、車掌は他の列車が来ないことを確認してから負傷者の元へ向かう
- 指令は最寄駅の駅員に対して消防と警察に通報するよう指示。その後現地へ走行するよう伝える。
- 救急隊が到着するまでに、負傷者を線路上から安全な場所(線路脇や敷地外)に移動させる
- 駅員が到着したら、車掌は状況を説明してから車掌室に戻る
ざっくりですがこんな感じです。
負傷者と書いていますが、ほとんどの場合は即死です。息があったとしても救護中に死亡する場合もあります。
特に駅間で発生した人身事故では死亡率が高いですね。駅のホームとかだと運よく生き残っていることがあります。
まず、事故直後の運転士は十中八九テンパっています。だから現場には車掌が向かうわけですね。運転士は事故当時の状況をメモ用紙などに書き込みながら指令所へ連絡します。
事故の連絡を受けた指令所では事故対処のためのチームが組まれます。その中の一人が情報を一手に引き受ける「現地との連絡担当」となります。以後は現地の責任者とマンツーマンで連絡をやりとりします。
素人考えですが、運転士が直接119番すればいいのになぁ、と思ってしまいますねぇ。
もしかしたら「運転士→指令→駅員→119番」にする鉄道会社側の理由があるのかもしれませんね・・・
とにかく、起こってしまった事故に対して優先すべきは「人命の救助」と「プライバシーの保護」です。負傷者を一刻も早く安全な場所へ移動させることで、救急隊が到着したときに救護活動がスムーズになります。
もしも負傷者が死亡していた場合には、移動後に衆目にさらされないようにビニールシートをかぶせます。最近では負傷者を撮影してツイッターなどにアップする不届きな輩もいますからね。
遺族の心情を考えると、「暗くて狭い場所(線路上や車両の下)から移動させる」ことと「プライバシー保護のために遮へいする」ことが重要ですね。
事故現場での役割と作業内容
さて、最寄り駅から通報を受けた警察・消防からはどんな部隊がやってくるのでしょうか?
そして派遣された駅員は現地でどのような仕事をしているのでしょうか?
それぞれの部隊の所属と役割をザックリ紹介します。
消防(救急隊)の役割
- 負傷者の救出
- 応急手当
- 救急搬送
- 生死の判別
ご存知救急隊のみなさま。彼らが現場に到着した時、救世主に見えます。
彼らの使命は要救助者の命を守ること。負傷者に息のある限り、救命のために力を尽くします。
逆に彼らが「もう死んでいる」と判断した場合は撤収します。五体満足なご遺体の場合は搬送してもらえますが、それ以外の場合は警察に引き継ぐかたちで引き上げていきます。
(五体満足じゃないご遺体は警察が持って返ります・・・)
ちなみに、列車の床下に負傷者がいる場合の救助には危険があります。
列車の床下には高圧電気の通った部分があり、感電防止のためにパンタグラフを下げてから5分ほど待つ必要があります。
彼ら救急隊の命や安全を守るのも、鉄道会社側の人間の使命です!
警察の役割
ひとくちに警察と言っても、その所属はさまざまです。
いざ人身事故が起これば、多数の警察官が現場に現れます。
その部署ごとの役割をお伝えします。
地域課(交番のおまわりさん)
- 通報してからいちばん最初に到着する
- 目撃者を探す、居たら事情聴取をする
- 監視カメラがあれば、その映像を確認する
- 列車のドライブレコーダー映像を確認する
彼らは交番に勤務しているため、到着が早いですね。
警察が一番気にしているのは「事件か・事故か?」ということです。
自殺であれば事件性はありませんが、誰かが故意に線路内へ突き落としたともなれば事件です。犯人を検挙する必要があります。
そのため彼らは証拠や証言を探すわけですね。
目撃者の証言やカメラ映像などで「自殺」と分かれば、運転再開までの時間が短縮できるので助かりますが、事件性があると後の捜査や現場検証が長引いてしまいます・・・
刑事事件となった場合の捜査権は彼らにありませんので、駅員が「事故の当該列車を動かしてもいいですか?」と聞いても、「後から来る刑事課が到着するまで待ってくれ」となるわけです。
交通課(警察署から派遣)
- 交通・雑踏整理のスペシャリスト
- 閉まりきった踏切付近の交通整理をしてくれる
- う回路への誘導をおこなう
- 野次馬たちも抑制してくれる
続いて到着するのが彼ら交通課です。
人身事故発生にともなって列車の運転が止まり、付近の踏切も閉まりっぱなしになります。
そこで発生する渋滞や往来の混乱を整理してくれる頼もしい方々です。
鉄道会社側の(工務系)係員と共同で踏切の監視もしてくれる場合があります。
刑事課(いわゆる鑑識)
- 他の警察官よりも地位が高い場合が多い
- 事件の捜査権を持つ
- ドラマで見るような現場検証をおこなう
- 遺留品の捜索や位置関係のマーク・距離の測定をする
- 証拠写真を撮る
彼ら鑑識が到着すると、いわゆる「現場検証」が始まります。
事故発生地点・負傷者の発見場所へのマーク、事故車両の写真撮影、運転士への事情聴取など、刑事ドラマさながらの検証がおこなわれます。
厄介なのが(失礼)、「事故車両の写真を撮らせてほしい」「事故列車の運転士に事情聴取をしたい」と言われることです。
往々にしてその作業には時間がかかります。
長時間になればなるほど、車内のお客様や沿線の車は待たされ続けます。
いわゆる「2次災害」が発生するリスクがあるんです。
- 車内のお客様が体調不良になる・トイレに行きたいお客様の限界が来る
- パンタグラフを下げて救助をしていた場合、エアコンが効かずに熱中症や低体温症になる
- 踏切の閉まりっぱなしが続き、無理に横断する人や車が出る
- 車内のお客様が非常ドアコックを使って線路内に降りてしまう
- 長時間駅に電車が来ず、ホームから人があふれる
このようなリスクがある以上、鉄道会社側と警察側がいかに連携して、(妥協できる部分は妥協してもらうことで)運転再開にかかる時間を圧縮できるかが肝心です。
ちなみに、妥協してもらうポイントとしては
- 乗務員への事情聴取のため、勤務終了後に警察署へ出頭させる
- 列車の写真は終電後に車両基地でしてもらう
- 事故発生時の状況を指令から警察署へFAXで提供する
- 現場検証のためのマーク付けや距離測定・写真撮影は鉄道会社側の係員が行うので、鑑識は線路の外から指図するだけでたのむ
といった条件を呑んでもらうことで、運転再開までの時間を短縮することができます。
現地に派遣された駅員の役割
最寄り駅からは「可能な限り大人数で」現地に走行します。
その中でもリーダーが1名いて、そのリーダーがやるべき役割は以下の通りです。
- 部外者に対して、誰が(代表者の氏名)・どこから(所属)・(総勢で)何名来たか?を把握する
- 部内者に対しても所属や人数を把握し、その代表者には常に隣に居てもらう
- 指令所の情報担当者とマンツーマンで情報提供するために、現地の状況を実況中継する
- 線路内に入る全ての人間に対して「どの線路なら安全か」を伝え、列車が動いている線路内には決して立ち入らせない。
- 列車の運転を再開できるかどうかを判断する
正直言って、このリーダー的存在の駅員が一番しんどいです。
なぜかと言うと、上記の通り業務量がハンパないからです・・・
特に大変なのが部外者の管理ですね。
彼らの命を守るため、「どの線路が運転していて危ないか」「どの線路が運転停止していて安全か」を全員に・確実に伝える必要があります。
そして、前段で紹介したさまざまな部署からやってくる部外者の全容を把握して、指令に伝える使命があります。
現場・事故列車・踏切・線路内など広範囲にわたって部外者が入り乱れるわけです。これを全部把握するには相当骨が折れます。
応援で駆けつけた「工務系」と呼ばれる無線機を持った社員たちと連携して、広範囲に散らばった部外者たちにくっついて移動してもらうことでなんとか把握できる感じですね。
警察の代表者は常にリーダーのそばに居てもらいます。彼らは無線機を持っているため、リーダーからの情報提供を代表者に無線で伝達してもらうためです。
(救急隊が広範囲に散らばることは珍しいので、救助に専念してもらいます。)
ちなみに、最初に現場に到着する車掌は、駅から来たこのリーダーに状況を説明して引き継いだあとは列車に戻って運転再開まで待機します。
つまり、ほとんどの時間は駅員が現地で頑張っているわけですね・・・
運転再開のための条件とは?
さて、ここまで現地での人の動きを説明してきましたが、
列車が運転再開するために必要な条件とは何でしょうか?
まずは事故車両を動かすことから
最優先すべきは、二次災害を防ぐために事故列車に乗っているお客様たちを次の駅へと移動させることです。
「事件性が無い」ことが分かった時点で、事故列車だけでもなんとか運転再開できないかを警察に打診します。
具体的には「あらかじめ車両の位置にマークをしておき、現場検証は列車が出ていったあとに行えないか?」と交渉することですね。
警察としても二次的な被害が起こることは避けたいため、情に訴えてなんとか当該列車だけでも動かさせてもらいます。
警察による現場検証の完了
当該列車が去ったあと、残された現場検証を再開します。
これが終了しないと全面的な運転再開はできません。
ちなみに、安全が確保できる範囲内であれば、他の線路に関しては運転再開させる場合があります。
たとえば駅のホームで事故が発生した場合には、ホームを挟んで反対側の線路であれば安全が確保できるため、運転再開できたりします。
前に述べたように線路内には駅員だけが入り、警察は安全な場所から指示する形にすれば、運転を再開しながらも(現場は15㌔以下で通過してもらうことで)現場検証を平行しておこなうこともできます。
部外者が敷地内から退去完了
現場検証が終了しても、線路内にひとりでも部外者がいれば危なくて運転再開はできません。
リーダーと警察・消防の代表者が連携して、全員が「線路外の安全な場所に退出できた」ことを確認してから、指令に対して「運転再開できます」と報告することができます。
もちろん、部外者だけでなく鉄道会社側の人間も、リーダーが責任を持って安全な場所に退去させます。
ここまで来て初めて、運転が再開されるんですね。
まとめ
- 事故発生→人命救助→現場検証→退去の確認→運転再開の流れ
- 事故現場には部外者・部内者ともに入り乱れる
- 駅員リーダーにかかる負担がものすごく大きい
- リーダーは指令との中継役・部外者との連携役・現場の状況把握役・運転再開の判断役が任される
- 発生から再開までだいたい1時間くらいかかる
実はカリブはリーダー役の資格は持っているものの、実際に現場でリーダー役をしたことはありません。
しかし、いつ何時自分がリーダーとして事故現場に向かうか分かりません。
こうやって自分のやるべき仕事を常に把握しておくことが、早急な運転再開や人命の救助と部外者の安全確保につながると思っています。
カリブの体験談(こぼれ話)
ここで最後にカリブが2回ほど事故現場に出向いたときの体験談を軽くお話して終わりたいと思います。
- タクシーで現場に向かったら車掌の次に早く現場へ着いてしまった(リーダーの資格が無かった頃)
- 部外者撤収後の現地に残された血糊を、工務系の社員がケルヒャー的な高圧洗浄機で吹き飛ばしていた
- まだ息のある負傷者が救急車で運ばれるのを、ビニールシート両手に持って隠しながら付き添った
- 踏切近くの現場で、野次馬から目隠しするために線路脇のフェンスへビニールシートをくくりつけた
- 勤務している駅で事故が発生して駆けつけたら、ホーム端に両足そろえられた靴と、遺書が置いてあるのを見た
・・・事故現場で的確な指示を出すためには、何があっても動揺しないメンタルが必要ですね。
くれぐれも皆さんは鉄道人身事故を起こさないようにして下さいね。
本当に本当にお願いします!
それではまた。
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